2018/11/20

11月20日『最近思うこと』

2018年

(1)大切にしていることば
僕は長年、渡辺和子さんの「置かれたところで咲く」という言葉を座右の銘としてきました。

この言葉の意味をどんな状況にあっても自分自身、精一杯頑張るという「起きた状況をそのまま受け入れる」ことと理解していましたが、最近になってこの言葉の意味合いは他にあることに気が付きました。

それは「闘う相手は他人ではなく、今置かれた状況と闘い打開し結果を出す」ということです。

以前のとらえかただと「受け身」であるが、今のとらえかただと「攻め手」となる。今、僕自身、受け身から攻め手に変わらなければならない時だと思っています。

また、宮沢賢治の「雨にもまけず」という詩にも感じるものがあります。

この詩の中の「東に病気の子どもあれば行って看病してやり、西に疲れた母あれば行ってその稲のたばを負い、南に死にそうな人あれば行ってこわがらなくてもいいと言い、北にけんかや訴訟があればつまらないからやめろと言い」という一節があります。

まさにこの姿勢こそ、ぼくがめざす、「徹底的に人に寄り添う」ということではないだろうか…

僕は政治の立場で、「行って」ということを実行し、誰一人置き去りにしない社会をつくりたいと以前から考えています。

他には、金子みすゞさんの「みんなちがってみんないい」という詩も大好きです。

この詩の意味合いは、老若男女、病気や障がいの有無などにかかわらず、一人ひとりがみんな、かけがえのない大切な存在であり、お互いに存在を認めあい尊重しあわなければならないということです。それをとても優しいことばで教えてくれています。

徳川家康公は、遺訓の「人の一生は」の他に遺言を遺しています。その中には「天下は一人の天下に非ず、天下は天下の天下なり」という言葉があります。

今から400年も前にすでに民主政治の真髄を言いあてており、やはり家康公は郷土の誉である。


(2)「明治150年」について
1868年の大政奉還から数えて2018年の今年は記念イベントも開催され、150年目になります。

一般的に維新以前の江戸幕府時代は古くさく暗い時代で、明治時代からは新しく明るい時代だととらえられているようだが僕には賛同できない。

江戸時代は、戦争をするための徴兵制はなく、260年間戦争がありませんでした。
明治以降は日清、日露、第一次大戦、日中戦争、太平洋戦争などまさに戦争の繰り返しでした。

文化的にも朝鮮通信使に代表されるように日韓関係は良好だったが、1910年には日本は韓国を併合し、江戸幕府は日米和親条約を締結したが明治以降は日米は戦争をしました。

江戸時代には日本独自の町民文化が発展したが明治の文化は西洋の猿真似とも言えるのではないでしょうか?
江戸時代は、地方分権が実現していたが明治以降は中央集権で地方は疲弊しました。

このように明治維新から1945年の間のほうが江戸時代よりはるかに暗黒時代であったのかもしれないと感じます。

だから「明治150年」はお祭り騒ぎをしてはならないと考える。

 

  

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